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2026年06月13日
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太田勝己をネタに使うな?…について
2010年05月12日
該当ページ
http://blog.livedoor.jp/ayumi851945-wikipefjc/archives/48303.html
まず、タイトルの「太田勝己をネタに使うな?」について。
太田さんは30歳代の成人なのだから、敬称はつけるべきですが、それをしない超非常識な不登校情報センター理事長・松田武己氏! ロクに支援も出来ず、自殺を止められなかった太田さんに対して、まるで教師が教え子を呼び捨てにするように敬称略で呼ぶとは、思いあがりも甚だしい。
>●[「第2回目以降」をどう開くのか。この動機づけは上のようなことに助けられましたが、①まず太田勝己作品の公表機会をつくる点が底流にあります。そのうえで②第1回創作展「青の時空」のとき「自分の作品も出したい」「一緒の作品展をしたい」人がいたこと、③「引きこもりの人が望む将来生活の姿」アンケート調査(2001~2003年)の回答に創作系のものが多くその実現方法を考え合同の作品発表に結びつけたのです。]
→③「引きこもりの人が望む将来生活の姿」だからといって、では、不登校情報センター理事長・松田武己氏が、引きこもりの彼らを飯が食えるような芸術家に育て上げる事ができるのでしょうか? そういった保証がない中で、創作展に集中させる=職業訓練等は軽視するというスタンスは、明らかに社会復帰には不利で、不登校情報センター理事長・松田武己氏は、そういう不利な事を平然と引きこもり等の当事者にさせ、彼らの時間配分を誤らせ、未来の可能性を無責任に潰しています。
>●[創作展の入場者が少ない原因は、イベントの告知手段が少ないことが最大で直接的なことです。第3回(2009年5月)の場合は、新聞告知があり、入場者は多くなりました。つくられた“ブーム”は去っていますが、この規模の参加者を左右するのは直接の新聞告知と判断していいのでしょう。]
→新聞で告知してもらえる可能性が高いのは、大規模なイベント、話題性があるイベント、風物詩、流行に関するもの、社会的意義のあるイベントのみです。そこへいくと、不登校情報センターの「片隅にいる私たちの創造展」は、明らかに、「不登校情報センターの活動実績のためだけに開催されている」、「自殺した太田さんのの存在を前面に出せば新聞に載るだろう」という惰性と打算が、運営側(不登校情報センターおよび理事長・松田武己氏)の姿勢から垣間見えるからこそ、新聞に載せてもらえないのです。
第3回(2009年5月)の場合は、新聞告知があり、入場者は多くなりました。→具体的に何人入場したのかという記録が全く公開されていない以上、説得力がありません。
この規模の参加者を左右するのは直接の新聞告知と判断していいのでしょう。→不登校情報センター理事長・松田武己氏は、「新聞に載る・載らない」という点に論点を絞り、全て新聞のせいにして逃げています。新聞に載る・載らないに、これほど入場者数=成果が左右される、不登校情報センター理事長・松田武己氏が後述するところの「支援できる方法」。この創作展は支援の体をなしていると言えるのでしょうか?
>●[通し番号にする意味=2010年5月に第4回創作展を開きました。通し番号をつけることで、第1回創作展「青の時空」から連続したものになり、太田作品を埋もれさせない方法の一つになっています。]
>●[『「故人の死を同センターが活動の戒めとするのではなく、活動のネタにしてしまっている」等の批判が一部にはある。』という意見はこの執筆者の意見だと思います。戒めとは何をするのか全く内容がなく、太田作品を保管箱の中に眠らせておく結果になります。執筆者はそれを望んでいるのでしょうか。太田さんは発表を望んでいました。創作展を重ねてきたことはささやかですが私にできた方法です。戒めて何もしないのではなく支援できる方法を探していきたいのです。]
→戒めとは何をするのか→二度と自殺者が出ないようにする対策です。自殺した彼は、死の直前、親を安心させる為、働きがたがっていました。それができてれば、『芸術家」にはなれなくても、自殺せずにすんだのではありませんか? 自分と同じように自殺してしまう人が再び出る事を太田さんは望んでいるのでしょうか?
引きこもり当事者にとって何の将来の保障にもならない創作展は、果たして引きこもり当事者の自殺防止に有効なのでしょうか?
創作展さえしていれば「供養」になり、自殺した太田さんの作品を埋もれさせないとしきりに言う不登校情報センター理事長・松田武己氏。第二・第三の太田さんを出さない為の努力について、不登校情報センター理事長・松田武己氏の「く支援できる方法を探していきたいのです」は言い訳にしか聴こえません。
不登校情報センター理事長・松田武己氏は、創作展の開催=太田さんの供養を全面に出して主張し、それで全てを片付けています。
不登校情報センター理事長・松田武己氏は、太田さんの死と人生と作品を、自分のエゴのために利用しているのです(創作展の開催によって、手軽に不登校情報センターの活動実績を作るための道具にしているのと、
不登校情報センター理事長・松田武己氏が、変調をきたしていて自殺の兆候があった太田さんの自殺を止められなかった責任から言い逃れていること)。
決して有効な引きこもり等の当事者に対する支援策にはなっていない(新聞の掲載に入場者数が左右されるような脆弱なイベントで、今後を予測しても有効な支援策になる可能性は極めて低い)という「創作展」を、太田さんの供養のために開催し、「支援できる方法を探していきたいのです」と言う不登校情報センター理事長・松田武己氏。私が、「不登校情報センター理事長・松田武己氏は太田さんの死を利用している」と指摘する根拠はここにあります。
http://blog.livedoor.jp/ayumi851945-wikipefjc/archives/48303.html
まず、タイトルの「太田勝己をネタに使うな?」について。
太田さんは30歳代の成人なのだから、敬称はつけるべきですが、それをしない超非常識な不登校情報センター理事長・松田武己氏! ロクに支援も出来ず、自殺を止められなかった太田さんに対して、まるで教師が教え子を呼び捨てにするように敬称略で呼ぶとは、思いあがりも甚だしい。
>●[「第2回目以降」をどう開くのか。この動機づけは上のようなことに助けられましたが、①まず太田勝己作品の公表機会をつくる点が底流にあります。そのうえで②第1回創作展「青の時空」のとき「自分の作品も出したい」「一緒の作品展をしたい」人がいたこと、③「引きこもりの人が望む将来生活の姿」アンケート調査(2001~2003年)の回答に創作系のものが多くその実現方法を考え合同の作品発表に結びつけたのです。]
→③「引きこもりの人が望む将来生活の姿」だからといって、では、不登校情報センター理事長・松田武己氏が、引きこもりの彼らを飯が食えるような芸術家に育て上げる事ができるのでしょうか? そういった保証がない中で、創作展に集中させる=職業訓練等は軽視するというスタンスは、明らかに社会復帰には不利で、不登校情報センター理事長・松田武己氏は、そういう不利な事を平然と引きこもり等の当事者にさせ、彼らの時間配分を誤らせ、未来の可能性を無責任に潰しています。
>●[創作展の入場者が少ない原因は、イベントの告知手段が少ないことが最大で直接的なことです。第3回(2009年5月)の場合は、新聞告知があり、入場者は多くなりました。つくられた“ブーム”は去っていますが、この規模の参加者を左右するのは直接の新聞告知と判断していいのでしょう。]
→新聞で告知してもらえる可能性が高いのは、大規模なイベント、話題性があるイベント、風物詩、流行に関するもの、社会的意義のあるイベントのみです。そこへいくと、不登校情報センターの「片隅にいる私たちの創造展」は、明らかに、「不登校情報センターの活動実績のためだけに開催されている」、「自殺した太田さんのの存在を前面に出せば新聞に載るだろう」という惰性と打算が、運営側(不登校情報センターおよび理事長・松田武己氏)の姿勢から垣間見えるからこそ、新聞に載せてもらえないのです。
第3回(2009年5月)の場合は、新聞告知があり、入場者は多くなりました。→具体的に何人入場したのかという記録が全く公開されていない以上、説得力がありません。
この規模の参加者を左右するのは直接の新聞告知と判断していいのでしょう。→不登校情報センター理事長・松田武己氏は、「新聞に載る・載らない」という点に論点を絞り、全て新聞のせいにして逃げています。新聞に載る・載らないに、これほど入場者数=成果が左右される、不登校情報センター理事長・松田武己氏が後述するところの「支援できる方法」。この創作展は支援の体をなしていると言えるのでしょうか?
>●[通し番号にする意味=2010年5月に第4回創作展を開きました。通し番号をつけることで、第1回創作展「青の時空」から連続したものになり、太田作品を埋もれさせない方法の一つになっています。]
>●[『「故人の死を同センターが活動の戒めとするのではなく、活動のネタにしてしまっている」等の批判が一部にはある。』という意見はこの執筆者の意見だと思います。戒めとは何をするのか全く内容がなく、太田作品を保管箱の中に眠らせておく結果になります。執筆者はそれを望んでいるのでしょうか。太田さんは発表を望んでいました。創作展を重ねてきたことはささやかですが私にできた方法です。戒めて何もしないのではなく支援できる方法を探していきたいのです。]
→戒めとは何をするのか→二度と自殺者が出ないようにする対策です。自殺した彼は、死の直前、親を安心させる為、働きがたがっていました。それができてれば、『芸術家」にはなれなくても、自殺せずにすんだのではありませんか? 自分と同じように自殺してしまう人が再び出る事を太田さんは望んでいるのでしょうか?
引きこもり当事者にとって何の将来の保障にもならない創作展は、果たして引きこもり当事者の自殺防止に有効なのでしょうか?
創作展さえしていれば「供養」になり、自殺した太田さんの作品を埋もれさせないとしきりに言う不登校情報センター理事長・松田武己氏。第二・第三の太田さんを出さない為の努力について、不登校情報センター理事長・松田武己氏の「く支援できる方法を探していきたいのです」は言い訳にしか聴こえません。
不登校情報センター理事長・松田武己氏は、創作展の開催=太田さんの供養を全面に出して主張し、それで全てを片付けています。
不登校情報センター理事長・松田武己氏は、太田さんの死と人生と作品を、自分のエゴのために利用しているのです(創作展の開催によって、手軽に不登校情報センターの活動実績を作るための道具にしているのと、
不登校情報センター理事長・松田武己氏が、変調をきたしていて自殺の兆候があった太田さんの自殺を止められなかった責任から言い逃れていること)。
決して有効な引きこもり等の当事者に対する支援策にはなっていない(新聞の掲載に入場者数が左右されるような脆弱なイベントで、今後を予測しても有効な支援策になる可能性は極めて低い)という「創作展」を、太田さんの供養のために開催し、「支援できる方法を探していきたいのです」と言う不登校情報センター理事長・松田武己氏。私が、「不登校情報センター理事長・松田武己氏は太田さんの死を利用している」と指摘する根拠はここにあります。
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==引用開始==
(2)松田武己「太田勝己作品展によせて」『ひきコミ』28号(2006年1月号)、7ページ。
「最近になって太田さんは、彼の好きだったというヘンリー・ダーガーが生前にはその作品を知られぬままいたことを、自分自身の願望のように語っていたという話を聞きました。…もしかしたらヘンリー・ダーガーの件は、太田さんの無言の遺言ではないかとさえ思えます。」
*『ひきコミ』は不登校情報センターの会報名。
==引用終了==
ここのヘンリー・ダーガーのくだりは、生前にはその作品を知られずに死後作品を公開されたいということが太田勝己氏の無言の遺言のように解釈していますが、ヘンリー・ダーガー自身は死後も作品の公開を望んではいませんでした。
斎藤環『戦闘美少女の精神分析』(太田出版)によれば、「八十歳のダーカーは老人ホームに収容されていった」(p.109第四章「ヘンリー・ダーガーの奇妙な王国」)。それまで住んでいた部屋の持ち物を整理した家主ネイサンは膨大な物語、イラストなど発見する。それを、ダーガーに報告すると「ダーガーはあきらかに、ひどくショックを受けていた。彼はしばらく沈黙した後、ようやく重い口を開いた。『もう手遅れだ。話したくない』。それはまるで心に痛手を受けた人のようだった。そして彼は、はっきりした口調でつけ加えた。『(作品は)全部捨ててくれ』。(略)ダーガーは自分の作品を公開したり、評価されたりしようという世俗的な功名心とは無縁であった」(p.111)。
太田氏自身、「ART BANANAFISH」(太田勝己の作品表示ウェブページ=不登校情報センターの「会員の個人ページ」の1つ)を作成しており、そこで「画集をだしてくれる出版社、掲載してくれる雑誌を探してい」る。生前に作品を知られないことを願望とする彼の語りとは矛盾しています。もちろんこの彼の語りがいつの時点のものなのか分かりませんが、この「ART BANANAFISH」が作られた以前であれば彼がその語りの後に変節した可能性もあります。
また彼の望んでいたことは、ダーガーの作品の取り扱われ方だとすれば理解できます。ダーガーの死後、彼の希望とは逆に彼の作品は世界中で展示されることになりますから。
しかし、ダーガーのように扱われたいという願望が私には自身の作品を評価されることの拒否であると想像できます。すくなくとも生前は。それは、松田氏が何度か『ひきコミ』にも書いてあるように、太田氏が自分の作品を松田氏に見せたときの松田氏の発言が太田氏の望むものではなく、その後太田氏は死ぬ直前まで作品を見せるようなことはなかったという事実に表れているでしょう。
==引用開始==
●[あゆみ書店の開設=キャッシュレジスター導入・客足は伸びず? この執筆者が物事の程度をよく理解していない言葉です。一般の町中の書店をイメージしたのでしょうか。それしか思いつかないからこのような言葉になったのでしょう。「ありあわせの備品」は先の見当がつくから無駄遣いをしなかっただけのことです。執筆者には客足を想定するほどの本をそろえる条件などは考えも及ばなかったのでしょう。それは本人の状態としては避けられないので責めるつもりにはなりませんが、事典の記述にそのまま持ち込むのはダメでしょう。]
==引用終了==
「先の見当がつく」「執筆者には客足を想定するほどの本をそろえる条件などは考えも及ばなかった」との記述は、客足が見込めないということがはじめから松田氏にはわかっていたということです。しかし、松田理事長は同NPO会報『ひきコミ69号』において閉店の理由を、「しかし、事業のベースに乗せる事はできませんでした。メンバーは基本的には受身のまま参加する状態を超えることはなく、私が何をどう企画するのかを待っているしかないのです」と記している。この『ひきコミ69号』の記述は責任を転嫁しているという批判に耐えられるものなのだろうか。
ブログ「ウィキぺ・不登校情報センター」2010年05月16日あゆみ書店の開設理由と“実績”http://blog.livedoor.jp/ayumi851945-wikipefjc/archives/66766.htmlの記述
==引用開始==
執筆者にとっては自分の感覚において真実を書いたはずでしょうが、読む人は誤解を受けます。
==引用終了==
==引用開始==
① これを一般の書店と並べてうんぬんするのがいかにナンセンスであるかは一目瞭然でしょう。表に来客数とあるのは、実際に書籍等を購入した人の1か月間の合計人数です。それは主に、引きこもり当事者と家族です。ここにもあゆみ書店がフリースペースの一部である状態が反映しています。
② それでもあえて「事業のベースに乗せることはできなかった」というのは、2004年春以降の“引きこもりブーム”が去るとともに消滅した事態をさしています。上の程度であっても継続できるならばフリースペースとしては意味をもつでしょう。
==引用終了==
「『事業のベースに乗せることはできなかった』というのは、2004年春以降の“引きこもりブーム”が去るとともに消滅した事態をさし」ているならば、『継続させることはできなかった』と書くべきです。とても「事業のベース」云々を語るにはほど遠いものであり、松田氏自身も”フリースペースの一部である”というのであれば、”書店””事業”という言葉をともに使うことは、まさに読む人に誤解を与えるものです。
「継続できるならばフリースペースとしては意味をもつ」ならば、もはやメンバー(「書店員」と呼ばれた人)にとって「あゆみ書店」の存在意味はないでしょう。その理由に気づいたメンバーは”自然消滅”を選んだ訳です。ほぼ開店休業中であり書店員としての実態はないのですから、単なるフリースペースのメンバーであると自己を認識するのは当然であり、こうしたことが理解できない松田氏には、『ご愁傷さまです』と言うより他にないでしょう。
その例を一つ挙げましょう。
ブログ「ウィキぺ・ディア不登校情報センター」2010年07月24日他者がカルト的に見えるときhttp://blog.livedoor.jp/ayumi851945-wikipefjc/archives/421982.htmlの記述
==引用開始==
世の中で働いている人の様子を“根拠のない楽観に基づくもの”とある人が表現しました。私の観察では、乳幼児期に“あなたが生まれたことは人間世界で歓迎されているよ”という暖かい雰囲気を過ごせた人です。そういう人たちは何か特別の能力を持つわけでもないのに“根拠のない楽観”を身につけているのです。
J.ルソーのいう「人は二度生まれる。一度は存在として、二度目は人間として」というときの、はじめの誕生の意味はこれです。ところが誕生したあと、愛護を受けた感じが少ないと、存在不安をもちやすいのです(存在不安の全部がこれによるというのではありません)。この存在不安が思春期以降、青年期になっても現れるのです。
==引用終了==
他の箇所でも松田氏が引用するルソーの言葉です。この『J.ルソーのいう「人は二度生まれる。一度は存在として、二度目は人間として」というときの、はじめの誕生の意味はこれです。』という部分です。ルソーの主張したいことは、二度目の誕生があるということで、一度目は生物の個体としての誕生です。松田氏はこの一度目の誕生を、「愛護を受けたと感じられる誕生」と読み替えています。つまり、生物としての誕生の後の環境の影響をさかのぼって「一度目の誕生」に取り込み、したがって、生物という存在として誕生したその存在に不安が生じると言っているのです。
これは、明らかに曲解しています。盧木曽人さんの主治医が「口先上手で不誠実な松田氏」というのも想像できるでしょう。盧木曽人さんが松田氏はいつも煙に巻くように話題をそらしてしまうと感じるのは、松田氏の日本語能力に起因するところではないでしょうか。